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福田安武の想い
このブログにちょくちょく登場してきてもらっている同級生の福ちゃん(福田安武 )



今年から彼と一緒にツアーを開催しているが、本当に彼のマインドは素晴らしい。
彼のマインドは今の社会に必要なもので、福ちゃんの可能性は無限大であると思う。

最近福ちゃんもブログを書いているようなので、ぜひ見てほしい!!
本当に豊かさがふんだんにつまってブログです。

いなか@自然児
http://lifeofnature.blog99.fc2.com/


その中から福ちゃんの気持ちが入った文章を紹介します。

同い年でこんな文章が書ける福ちゃんに本当に感動しています!!
こんな価値観をもっと知ってほしい。

僕はコーディネーターとして福ちゃんを本気で応援します。

*******************

「俺はどう生きるのか?」

僕は次の三つでずっと悩んでいた。

1.
今まで親にずっとお世話になってきたから、その恩返しのために地元に帰って就職し、休みの日には田んぼの手伝いしながら、何かあった時にはすぐ駆けつけれる距離で、自分の家庭を支える為に一生懸命働いて生きていく道。

2・
僕の地元はとても山の中。猪も出るし猿も出る。
狐も狸も。可愛いなんて言ってるレベルではなく、田んぼや畑を荒らされて困り果てて、野生動物との知恵比べにおかんやおとんが必死になってるようなとこ。
そんな田舎で育った僕の周りには、人との繋がりがいっぱいあった。悪い事をしたら、近所のおじいさんに思いっきり叱られたし、いいことしたら褒められた。自分にとっての親が、そういう大事な人が生みの親意外にもいっぱいいるのが僕の地元。
納屋を建てるときには知り合いが集まって手伝ってくれたり。
野菜や果物がたくさん獲れたら、お裾分けしてもらったり。
僕も父も大の釣り好き。だから釣ってきた魚や獲って来たワカメやアサリお裾分けして恩返し。
便利なものは少ないけれど、必要なものはほとんどあって、ないものは作ったり助け合って補って生きていた。その助け合いの中に人の繋がりがあり、そこに幸せを感じていたんだと思う。そんな毎日が当たり前だった。そこにいたときはその幸せに気づかなかった。

でも、大学で高知にきて、自分一人で一から人の繋がりができていくにつれて考えるようになった。人が多すぎる。多すぎて、疲れちゃう部分もあった。同じ学科のみんなは高知が田舎だっていうけれど、僕は高知が地元より都会に思えた。高知が悪いとかじゃなくて、都会が僕は苦手なだけ。その理由に気づいてはいなかったけど、地元より人が多いだけでちょっと苦手な面もあったということ。人が多い中でも、もちろん心が繋がれる大事なひとができたのだけど、なんか引っ掛かるものがあった。日々だらだら過ごした大学三年間だったけれど、それがずっと気になっていた。そんな中、教授が『福田〜お前バタン島で研究したらどうだ〜』ってずっと言ってくれてた。なぜか多くの学生の中で僕にあの島を勧めてくれていた。僕もその島の生活を教授から聞くうちになんだか感性で魅力を感じ、行きたいって強く思った。しかし、その時はあまり目的がなく、感性だけがその島に魅力を感じていた。そんな状況で親に頼んでも親が許可をくれるはずもなく。問答無用で拒否された。目的がはっきりしてない僕の説明が親の心を動かせるはずもなく。一度は諦めたのだけれど、諦めきれず。。






3.就活サイトの毎日ナビにスカウトってシステムがある。
それは、自己アピールの文章を書く事でそれを読んで興味を持ってくれた会社が自分に連絡をくれるというもの。
そこに自分の大事にしたい気持ちや考えを好きなように書いていたら、会社からメッセージがきた。
そんな出会いがきっかけである会社を知るにつれて、その会社にとても強い魅力を感じた。
そして、社長に会って、目を見て話を聞いてみたいって一心で説明会に行ったら、やっぱり心にガツンときた。会社の理念、社長の考え。
この会社に入ったら、自分は人として大きく成長できる。一生懸命社長のもとで働いたら、人間としてでかくなれる。
単にお金をもらうために働くのではなく、自分が成長しながら働きたいっていう僕の心に、とても響いた。
そっからはもう完全に会社に恋してた。
自分のことをもっと知ってもらいたいし、会社のこと知りたいと思った。
短い面接の時間なんかじゃ自分を知ってもらうには時間が足りないから手紙を何度も書いて。想いを目一杯伝えて。
良い面も悪い面も全部包み隠さず、今の自分に誠実に伝えた。
ほかに何社も受けると僕は甘えが出てしまう弱い人間。
だからその一社だけに絞ってほかは受けず、僕は全力で心を掴みにいった。
友達には無理しすぎとか落ちたらどうすんのとかいろいろ言われたけど。
後ろに逃げ道をなくしたら、前に進むしかない。落ちたらなんて考えてなかった。だって、本気で恋したら誰にも渡したくないって思うから。それが女性でも、会社でも僕は同じ。違う人に同時にラブレターなんて書かないし、そんな器用なことは僕はできない。今ある僕が10だとしたら、二つの会社を受けたら5と5ずつ力を分けなければいけない。全力でやっても、5しか出せない。だったら、一社だけに自分の全部である10をぶつけて、その10を全部伝えることに専念してた。
そんなこんなで本気でぶつかったら一次を通り、二次を通り、三次を通り、僕に魅力を感じてくれたのか、とうとう最後の社長面接までこれた。不安もあったけど、やっぱりあれだけ本気で努力して接したのだからこの会社なら汲んでくれるだろうっていう変な自信もあった。

そうして最終面接にこぎつけたのはいいのだけれど。





この悩みのどれに道を進めるから僕は決め切れなかった。親を大事にしたい。行きたい会社も一社だけある。そんな中で僕は思った。もう親に正直に言おう。
そして、伝えた。
『今の僕にはどの道も大事すぎて選べない。だから考える時間として、自分のお金で院に行かせてください。そして院の時間で決めさせてください。そしてバタン島も行かせてください。』と不甲斐ない自分の本音を正直に親に話した。なんかいっぱい想いが溢れてぼろぼろ泣きながら、でもちゃんと伝えた。

そして数日後。父から連絡があった。
『二人で話して、結論を出した。行って来い。』
短い文の中に母の心配と思いと愛といろんなものが込められていた。
そして、一ヵ月後僕は教授とともにバタン島に行った。すると、そこは同じだった。小さな島で人々がお互いを助け合って、感謝して繋がりが当たり前のように大事にされていた。僕らに比べたら遥かに所得も低く、ものも少ない生活の中でつつましく、その生活の中には笑顔も幸せもいっぱいあった。その風景が、僕の地元と一緒だった。
あぁ!これや!これが僕の求めていたものや!心から僕はそう思い、なにかがはっきりと分かった。
僕らにとっての幸せはどこにあるのか、何を大事にしなくちゃいけないのかを彼らと接することで学べると思った。これや!と強く思った。この研究を続けることで僕は明らかに成長できる。そして、人々に何かを伝えられるのではないかと思った。

利便性を追求してきたことで、僕らの生活は豊かになった。テレビ、洗濯機冷蔵庫…etc。ものが豊かになったことのせいで、自分ひとりで生きていると思っている人が多い。利便性が追求されたことで一人でも生活ができてしまうゆえに、実際には多くの人が支えてくれていること→それに気づけず感謝がなくなってしまっている。
必要最低限のものを持ち、困った時はお互い助け合い、ないものはお互いに持ち寄り、不便さを思い遣ることで補い助け合って生きていく。
これって田舎のことじゃないのか。田舎は自然に、当たり前のようにお互い助け合って人の繋がりを大事にしている。それは、ものが少ないからこそ。だからこそそういう生き方が生まれており、田舎の人間はあったかいのではないか。

同時に、僕らに欠けているのはこういう気持ちではないのかと僕は思った。そして、この研究をしたいと強く思った。

つまり、地元で就職して恩返ししながら生きるか。
本気で入りたい会社に行くか。
自分が本気でやりたい研究をするか。
僕は悩みが三つになってしまった。
それぞれが大事すぎて決めれない。でも、決めなきゃいけなかった。
なぜなら、最終面接はバタン島から帰ってきて三日後だったからだ。
島に行ったことで僕は研究への熱意が溢れた。そして、社長面接までに決めて答えを社長に伝えねばならんかった。
そりゃもう僕はめちゃめちゃ苦しかったし、あんなに自分と向き合って考えたのは初めてだったと思う。でも、今自分がどうしたいかに従うことにした。そして、社長面接の四時間前。岐阜県の大垣駅のミスドで社長に手紙を書いた。

今の悩みがこんだけあって、この中で僕はこれを選びます、なぜならそこに自分の成長が見えるからです。と。
そして社長に会っていろんな話を聞いたらすごいのなんのって。めっちゃ強い魅力を社長に感じて、自分は道を決めて手紙書いてなかったら多分僕は会社に入れてくださいと言ってしまったかもしれないほど。
社長は、僕の生き方や考えかた、熱意、いろんなものにとても興味を感じてくれた。そして、それでも僕は研究を選ぶことを伝えた。
その理由。
あの社長のもとに会社があれだけしっかりしていれば、本気で一生懸命やるやつなら誰でも成長でききるし、会社にも地域にも社会にも貢献できる。社長の考えかた、会社の考え方を吸収するだけで成長できてしまうからだ。でも、僕の研究は誰もができるわけじゃない。
自分でもがいて苦しんでやった末に僕は成長を自分の手で掴み取りたいと社長に伝えた。難しいのを承知でこの研究をしたい、と、することで自分が明らかに大きくなれるから。

そして、今回は社長に『お前は面白い!』と言っていただけたけれど、次回は成長して『お前がうちの会社に必要だ!』と言っていただける人間になって帰ってきますと伝えた。

そしたら、君の研究はとても人の役に立つことだ!有名人になってこい!と社長が言葉をくれた。つまり、それだけ人の役に立って、注目される存在になれるくらい頑張ってこいという意味だと僕は受け取りました。

企業はお金を出して採用活動しているわけで、それで最終面接まで生かせて頂いておきながら僕はその会社を蹴ったわけです。
それは、本当に申し訳ないこと。



でも、僕がどの道をいこうと。
僕はその道を本気で一生懸命やることで自分の姿勢を伝えるしかないと思うわけで。
僕を見ていてくれる人に自分の一生懸命な姿勢を見せて感謝を伝えるしかないと思う。

だから僕は人として大きく成長し、人に必要とされる人間になる。
面接の帰り道は、本当にこの選択でよかったのだろうかと一時的に悔やんだりしたけれど。

何かを得ることで何かを必ず失う。だから、なくしたものの分までその道でがんばるしかない。

だから僕は研究をがんばります!


                   200903301230 福田安武


こんなことを日記に書いていたのが、3月。

そして、今。

最近になって、いなかの豊かさを伝えるためにツアーをやらせていただいている。

将来こういったガイドも職業の一つとして生きていけたら、って思っている。


もう一回って思ってもらえるものにしたい。


俺はどう生きるのか
| 井上 将太 | 同志たち | 18:03 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
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