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POPなダルマ

香川県琴平町でPOPなダルマを製造している企業があります。





色々な雑誌でも紹介をされていますが、山中象堂さんという企業が製作をしています。

http://www.shokokai.or.jp/50/374031S0002/index.htm

讃岐では色々な木工産業が発展していますが、一刀彫などの彫刻の産業も伝統産業として
有名です。

ただ従来のような商品開発だけではなく、この会社ではPOPなダルマを製造をして新たな顧客を
作っています。


先日、お店の前を通った時は何と2年待ちの告知が。

伝統だからとか、お客さんが減ったということではなく、新たな視点があれば技術のある
モノづくりは可能性があると再確認をさせていただきました。

先日の欧州の訪問からも感じたのですが、日本の木工は木の素材をそのまま活かしすぎる
部分があります。そうではなく、ペイントをすることで様々な需要がある。

欧州などではペインターというデザインの仕事もあるようです。

木工の新たな可能性はペイントにある。そのように感じた1日でした。

さっそくネットで注目度の高い塗量を購入。

自分から実践してみます。

| 井上 将太 | 林業、建築 | 22:15 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
ライフアンドフォレスト
先日は京都で開催されたシンポジウムのライフアンドフォレストに参加しました。

このイベントは森と暮らしを考えるをテーマに毎年京都のNPOが主催しているもののようです。
当日はカメラを忘れ、写真が取れなかったのですが、とても有意義な時間を過ごさせていただきました。

ゲストの方は下記の3名

 ■大島 正幸 氏 (木工房ようび 代表)
http://youbi.me/

岡山県西粟倉村在住
地元のヒノキを使った家具作りに挑戦し続ける。

■齊田 由紀子 氏 (獣美恵堂 営業部長・猟師)

滋賀県で、野生動物との共存を目指し、ジビエを
レストランや給食など身近に届ける活動を行う。

■熊谷 有記 氏 (山一木材 KITOKURAS)
http://www.yamaichi-mokuzai.com/2_kitokuras/kitokuras.html

香川県栗熊の小さな森で、家業の材木屋を継ぐべく三代目として修行中。
「木と暮らすこと伝えたい」とカフェ・ギャラリー・ショップ「KITOKURAS」を運営

四国からは香川の熊谷さんがパネラーとして参加されていました。
材木屋が運営するカフェショップは一見の価値があります。

パネラー3名の方から学んだことは自らの信念を持ち、森や木材に関わっていくこと。
またマクロな数字ではなく、身の丈を捉え、自らの周りから物事を変化させていくことです。

林業や木材産業をマクロに捉えると、市場が減っていくことや木材価格が低下したなどの
話しになりやすく、業界はどうなっていくんだという議論になってしまいます。

マクロを捉えることは傾向を掴むという意味では大事なのですが、そこを意識しすぎてしまうと
動いていれば見つかるはずであった可能性を見落としてしまうのかもしれません。

そうではなく、自らがまずどのように想い、行動していくのか。そこに尽きるのかなと思います。
その後、周りの方をどう巻き込んでいくのか。そんなことをまっすぐと続けていくことが大事な
気がします。

非常に良い議論でしたので、興味のある方は下記より視聴ください。

ユーストリームでの視聴ができます!
http://www.ustream.tv/channel/%E7%AC%AC%E4%BA%8C%E5%9B%9E-%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%95-%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89-%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88


| 井上 将太 | 林業、建築 | 11:33 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
再び吉野へ

今月初めは再び吉野林業の視察に行ってまいりました。

今回は半日しか時間がなかったのですが、森の学習館など吉野林業の原型を
見せていただいた内容でした。


吉野五大林家の北村林業さんの森林へ。


200年生以上の人工の森がありますが、この森の中では人は小さく見えます。
ジブリの世界のような圧倒感がありますね。

このような木が沢山あり、目指すべきゴールの森というところでしょうか。


また伐られた年輪がありますが、圧巻の大きさ。

今はこのような木を使うような銘木の需要は少なくなっておりますが、
文化的な価値はあると思います。


そして吉野の造林王「土倉庄三郎翁」の銅像と記念撮影を。

明治時代から大正時代にかけて日本に植林の技術を広げた方で、事業家であり、政治にも大きな
影響力を持っていました。

高知とのご縁では板垣退助の支援を行ったということです。


この土倉庄三郎の言葉には以下のようなものがあります。

「自分の事業の利益の三分の一は国や社会に、三分の一は教育に、三分の一は自らの事業に。」

この言葉通り、大学の設立などにも力を注いでいます。

また詳しく書きたいと思いますが、いつも吉野へ行くとパワーをいただけます。
これからも吉野から学び、そして日本の木材産業に携われればと思います。

| 井上 将太 | 林業、建築 | 22:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
平成24年度地域型住宅ブランド化事業公募開始

昨日国交省より平成24年地域型住宅ブランド化事業の公募が出ました。

これは長期優良住宅普及推進事業(木のいえ整備促進事業)の後継事業に
あたるもので、国交省の中小工務店支援と木材利用にフォーカスを当てた助成事業になります。

この事業の流れとしては
仝玉擽ゝ襦∪什燹建材流通、プレカット、設計が各1社ずつと工務店(年間50棟以下)が5社
集まりグループを組むこと。
△海離哀襦璽廚鮓気膨拘優良住宅に対応し、かつ地場の木材を使った地域型の住宅の
ルールを作り、国交省の評価事務局に提案をすること。
その後認定を受ければ、1棟あたり100万円。構造体に地域の木材を活用すれば120万円の
補助を受けれる。

提案の際に大事になってくる内容としては地域独自と言うことであり、
地域の気候条件に沿った「省エネ」「改修スケジュール」「景観・文化面への貢献」という
部分がポイントになってくるであろう。また高知県であれば、南海大地震対策のルール化と言う
所や木材生産県なので、木材を使ったルール化もポイントになってくるのではないであろうか。

グループとして名前だけになってしまう業者があったり、工務店として5社以上が連携していくこと。
また補助金の配分など、進める上で課題はありそうであるが、前の事業を見ていくとおそらく3年間は
継続する事業ではないかという予想もあるために、一つ大きなポイントとなるかもしれない。

それにしても地域材を使うという視点を全面に出してくれているのは評価すべき所であるが、
山から加工、流通が入ったグループでは本質的に木材を供給していくとなるとかなり限られてくる。

縛りが多くなり、違う方向に行っていると言わざる得ない。

平成24年度地域型住宅ブランド化事業(詳しくはこちら)
http://www.mlit.go.jp/report/press/house04_hh_000354.html

| 井上 将太 | 林業、建築 | 12:14 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
産直住宅について

顔の見える家づくりと言われ、様々な地域で実施されている産直住宅。

川上にある山林所有者や製材所と川下にある設計士や工務店が一緒になり
消費者にこだわりの家を作っていくというモデルです。

山側にとっては一つの営業の切り口とされ、2000年頃から広がってきました。

消費者に直接売り込んでいこうとする熱意と運動論も含めた動きで実績をあげられている
グループもあるかと思います。

ただ最近は色々な地域を見ていて思うのですが、この産直住宅はビジネスモデルと
して一つの選択肢であり、冷静に見ていかなければいけないということです。

産直住宅を行うには当たり前ですが、柱から始まり平角、そして羽柄材(構造材以外)
など様々な規格の部材を供給しなければいけません。
自社生産だけでは、間に合うはずもなく、やはり同じ産地に多様な製材会社が
なければ厳しくなります。

もともとは、製材から建築会社に向かう商流の中で短いものとしては
「製材(メーカー)」⇒「木材屋(問屋)」⇒「工務店(ユーザー)」という流れになります。

この木材屋には「品質管理・統一」「安定供給」「商品数の確保」という3つの機能があります。
産直を行う場合は、製材所がこの3つの機能を補いながら運営をしなければいけなく、業務も
増える訳ですから非常に見えない労働力がかかります。

よって色々な地域で産直を行っていますが、本来であれば、産直がやりやすい産地とやりにくい産地が
ありますし、それによって商流における一つの考え方である産直を選ぶか選ばないかの選択肢が必要
だと思います。

そしてこの産直ができるかを判断する基準は3つあると思っています。

|楼茲料悩猯(原木市場で取り扱われる丸太はどんなものか)
地域の設備力(機械にどのような加工ができるか)
C楼茲竜蚕冦蓮覆匹里茲Δ焚湛ができる人材がいるか)

,箸楼貳未妨玉攣埔譴芭通している材がどのようなものかを考えることが大事であり、
平角がめったに取れない地域もあるわけです。

△呂いら原木が良くても機械がなければ、商品が限られてしまったり、製造コストが高くなってしまいす。例えばモルダーに入る寸法はモルダーの性能により違う訳であり、大きい部材は手作業で加工をしなければいけません。

は地域の技術者です。特に大きい役割があるのは大工。設計士さんと組んだパターンに多いのですが、プレカットの入らない寸法であったり、登り梁の加工など手加工が必要なケースがいります。
この手加工の加工賃は意外と見積もりが難しく、ここで製造原価が高くなるケースもあるのです。

無垢の木材製品はは´↓の3つの要素が重なり商品ができています。産地でどのようなサービスを提供していくのか。また他の産地と協力することでサービスは広がるのか。

このようなことが大事なのかなと思っています。

| 井上 将太 | 林業、建築 | 08:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
木が売れないということは何か。
林業・木材産業界では、現場に入り、色々な方々の話を聞いていると一貫して「木が安くなった」「木が売れない」という話が聞かれる。

ただこの話というのは、しっかりと整理をしないといけないと思う。
なぜなら現在も木材産業において売り上げを伸ばしている企業は沢山存在している訳である。

この「木が売れない」という話を聞いた時に重要なのは、いつぐらいから、どのような品目が売れないのかをしっかりと整理することが大事なのである。

例えば1960年代は当たり前であるが高度経済成長の時代は木が売れていた。
しかしこの時の高価格商品は9僉腺隠沖僂慮玉擇任△襦
なぜかというと空気売りと言われるように、寸法に足りない丸みのある製品が多く、このような製品を作る時には小さい原木を加工して歩留りを100%以上にして空気を売るほうが、儲かるのである。この空気売りは大径木を加工して寸法がきっちりとしている外材が出ることで消えていくこととなる。

そしてその後1970年〜は役物と言われる節のない美しい材が売れる。壁を隠す大壁が普及していくにつれ、見えない所は外材、見える所は役物の綺麗な柱が売れるのである。
この時代はいわゆる外国材を国内で加工する外材製材というものもシェアを伸ばしてる。

そしてこれは80年代ごろまで続き、その後は並材、つまり構造材の需要が増えていくわけである。そして1990年に入り、構造材は外国産材を使った集成材が登場したこととプレカットが登場したこと。また阪神大震災により木材(無垢材)の品質が問われだしたことにより、大きく需要を減らしていくこととなる。この後に、国産材の加工へと大きく転換していくこととなる。

このように当たり前の話であるが、時代が進むにつれてニーズも変わり、代替品の登場やある大きな出来事により、業界にイノベーションが発生することとなる。

その中で「木が売れない」ということが出てくるのである。

つまり木が売れないとは

ヾ存にあった市場が崩壊して、売り先がないこと。
売り先に対してしっかりとしたアプローチができていないこと。(マーケティング)
の2つであるといえる。

なので木が売れないというのではなく、いつからどのような商品が売れなくなり、その市場はどのようになっているのか。そして市場がないのであれば、どうすれば自社の経営資源(強み)を活かして顧客の要望に応えていくのか。このようなことが問われているのである。

言うが易し行うは難し。マクロで見る大きな市場とミクロで見るライバル企業の取り組み。そして日々の生活の中や出来事で感じることができるマーケットの存在。

このようなことを考慮して仕事ができる人材に自分はなっていきたいと思う。

最終的には時代を読む力を持ち、小さなことを積み重ねていくこと。
これが木材産業界におけるイノベーションにつながるのではないだろうか。

| 井上 将太 | 林業、建築 | 17:15 | comments(2) | trackbacks(1) | pookmark |
木を使った商品・サービスの市場を広げること

ばうむ合同会社では主に高知県嶺北地域の木を使った加工品(木工品)を製造して販売を行っているが、営業をすれば、するほどこの嶺北材(地域材)という売り方自体にとても疑問を感じることが多くなっている。

消費者は地元の出身の方であれば、地元の木を使った家づくりや商品などには賛同してくれるとは思うが、多くの場合はそうではない。当たり前の話であるが、商品の価格・質・納期・営業対応などで評価されることが多く、嶺北材を売りたくて勝負できないこともある。

その場合に最近大事なこととしては、顧客の求めるものが何かを考えていくこと。

「お客様は嶺北材を求めているのだろうか。・・・違うであろう。」

「お客様は国産材ならば求めているのだろうか。・・・それも違う。」

一部の理解ある方などは国産材を求めているとは思うが、その市場は一般的には小さい。
そして元々木材というものは代替品がある素材であると言える。

農業や食ということであれば、毎日消費するものだけに、意識が高く、国産と言うものにも反応はしやすい。しかし木材の場合は家で言えば鉄筋の家であったり、コンクリート構造の家であったり、木工品であれば、プラスチック製品であったり、色々な素材へ代替することができるのである。

まずは意識として、木材は代替品であるということを意識して、そして木というものを捉える。

MDF(木繊維を組み合わせたもの)、パーティクルボード(チップを組み合わせたもの)、
集成材、無垢材・・・そしてその用途の中で原材料と製造地分けられ、国産、外国産がある。

そのようなことを考えると代替材である木材は木材としてのその物の用途をいかに広げていけるかが大きなカギになってくると思う。それに対しては外国産や国産は関係はないだろうし、木材そのものをいかに使うのかを考えていかなければいけない。

つまり嶺北材を売るためには、ニーズに応えるために同時に他の産地の素材や外材も必要であると思うし、広い視野で捉えたビジネスの展開が必要であると思う。

また地域に入るとどうしても視野が狭くなりがちになる。ただ地域で動くときにはこの狭く見る視野も同時に必要になる。改めて、バランスというと簡単であるが、木材産業の中で、柔軟な発想が求められる時代なのではと日々感じている。

| 井上 将太 | 林業、建築 | 16:29 | comments(0) | trackbacks(2) | pookmark |
TOSAZAI展

現在、新宿のOZONEにて開催されている「TOSAZAI展」。

紹介 HP
http://www.ozone.co.jp/event_seminar/seminar/seminar_d/detail/1257.html

3月の初めに私も参加してきました。

これは高知県が主催となり、1カ月ほど土佐材のPRとして実施したものです。


なかなか大規模な企画でした。東京で土佐材を売っていくことは非常に難しいのですが
まずは高知に思い入れのある方や高知出身の方などに訴求していく所から始める
必要があるように思います。


当日はスギとヒノキの骨組みも登場。
東京にこのような骨組みがあると圧巻ですね。


ヤナセスギの木取り。

木の使い方なども知ってもらうブースがありました。

OZONEで開催したことで学んだこととして、木のどのように提案していくかということでしょう。

例えば・・・


この写真の真ん中にある地図は、ばうむの方で製作させていただきましたが、木で高知県の
地図を現したものです。普通のプレートと高知県部分を木で表現することで面白いプレートになっています。


またこの写真は右がヒノキ、左がスギを使い鉄の脚を付けてベンチにしたものです。
すごくシンプルなのですが、意外とオシャレになっていますし、この規格は柱材なのですが
柱以外の使い方を提案している点が素晴らしいです。規格材なので、材料費は安く抑えれます。


またこれはセルフビルドチェア。

エコバッグに入った材料で椅子を組み立てることができます。木工として面白いですね。


一番感動したものはスギのパネルに波状の加工を付けたものでした。


光を当てることで非常にインテリアとして綺麗に表現されています。

メインである構造体を売っていくことも大事なのですが、改めて山林にある素材を
どのように消費者に提案していくのか。またどのように顧客の要望に応えていくのか。

当たり前の話なのですが、このような視点が非常に重要なのであると改めて実感させて
いただきました。今回できた繋がりをまた次に活かしていきたいと思います。

| 井上 将太 | 林業、建築 | 00:59 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
吉野林業を見て

 ブログに書くことが非常に遅れてしまいましたが、しっかりと熟成をさせて書きたいと
思っておりました。先月に行かしていただきました奈良県吉野町。

本当に沢山の学びと出会いを得ることができ、吉野町の方々には感謝をしております。

報告もかねてブログにまとめようと思います。

吉野町へ行かしていただく経緯は昨年10月頃に吉野町の役場の方より
吉野町で講演をしていただきたいということで、講演依頼をいただいたことより
始まります。

このような若造にしかも林業の聖地である吉野で講演の機会をいただくこと自体
本当に恐れ多いことでしたが、若い方から見る林業・木材産業をお伝えしてほしいと
いうことで引き受けさせていただきました。

そしてその依頼の後に本当に偶然なのですが、別のご縁があり、吉野町の方々が嶺北
地域に視察に来たいとの話になり、わざわざ訪問をしていただきました。


その時の集合写真 吉野町の林業・木材・建築業の方々。

同じ地域から別々の依頼が来て、交流が行われる。
何か大きな縁のようなものを感じて、12月18日に吉野町へ向かいます。

最初に時間がありましたので、寄らせていただいた道の駅。


吉野と言えば高級割り箸ですが、非常に木目の込んだ割り箸が歓迎をしてくれました。
これだけの材が取れる林業地自体珍しいことです。期待が高まりながら講演会場へ
向かいました。


講演会場はこんな若造の講演にも関わらず30名を超える林業・木材産業の方々
に参加をしていただきました。本当にありがたいことですし、自分にとっては大きな
経験になったと思っております。何を伝えられたかというと、まだまだ力不足により
疑問が残りますが、真剣に聞いていただき、私としても非常に嬉しく感じております。

そして次の日は吉野林業の視察へ。

林業・木材産業の町ということで、旅館なども木がふんだんに使われています。

宿泊させていただいたのは、「歌藤旅館」さん。

http://www.kato-yoshino.jp/




薪ストーブ


オブジェもおしゃれ


お風呂場にあった樽の椅子

木の温かみが伝わる旅館であり、とても素晴らしい目覚めでした。
木のおもてなしは本当に素敵ですね。

そして一番最初は吉野町を代表する仏堂である蔵王堂へ。


内部は撮影できなかったのですが、本当に素晴らしい仏堂でした。
中にある柱は本当に壮大で一本一本樹種が違います。
それは蔵王堂自身が森を表現しているからだと教えていただきました。

そして蔵王堂のお坊さんに教えていただいた言葉に「擬死再生」という言葉が
あります。人は日常生活の中では、物事や刺激に慣れて、どんどん価値観が固まって
いきます。そうすると普段何気ないことに幸せを感じなくなってしまいます。

そんな時に、擬似体験の死を行い、再び生き返ること。これを「擬死再生」言うようです。
擬似体験の死とは、田舎で言えばハレの日がこれに当てはまるようです。
お祭りをしたり、七五三を祝ったり、踊りを踊ったり、普段体験しない刺激を得ることで
身が再び、活力を取り戻していくということです。

人はこの「擬死再生」を繰り返しながら、成長をしたり、幸せを感じれるということだそうです。
今、伝統文化のお祭りなどがなくなっていくこと。これはこの考え方から言うと人間の活力が
なくなっていくことになるのではないでしょうか。そんなことを蔵王堂のお坊さんから教えて
いただきました。

その後は、吉野の林業・木材産業の取り組みを見ます。
吉野林業と言えば日本で最も林業の歴史が古い地域の一つであり、
その歴史は400年以上と言われています。

400年も前から「植えて⇒伐って⇒使って⇒植える」この林業のサイクルを作り出していました。

そしてその林業のやり方は独特のやり方をしています。
一般的な林業(戦後の国が進めた林業)では、1haあたり3000本〜多くて5000本が
植林の目安とされています。しかし吉野では密植による林業が発展してきました。
この植林方法は1haあたり10,000本を超え、木の成長を遅らせて、年輪が混んだ材を
作るためのものです。年輪が密になると強度が高くなり、木の質が非常に上がります。
また木目も非常に綺麗なものになります。


吉野の植林地(シカの被害もあり、前側は食べられています。)


密食林業


その歴史の結果、人工林なのですが、200年を超える山林が今も残っています。
この山林は吉野の5大林業家である北村林業の山林です。

非常に大きく素晴らしい材であり、本当に感動をしました。しかし今はこのような
材料の需要は寺院の建て替えの時などでしかなく、眠れる宝となっています。


私が太ったので、比較にならないかもしれませんが。笑
とても圧巻の人工林です。植えて200年。これが林業のダイナミックな面白さです。
私たちはこの木を先代より引き継いで使っているのですね。


木の表面

そしてその歴史の中で、多くの木材産業が発展をして、地域が発展をしてきました。
今でも吉野町だけで50社を超える木材関連の会社があります。

特に密食の林業と非常に大きく関係しているのは「樽丸」と呼ばれる酒樽を作る
材料との関係です。

奈良県では酒造も有名であり、江戸時代にはお酒は藩にとって非常に重要で付加価値の
高い商品でした。そこでその酒を運ぶために、密食して目の詰まった材料を使い、
酒樽を作ったということです。また酒樽は木で作ると風味が出て、江戸に着く頃には
まろやかで美味しいお酒になっていたということです。

まさに日本人の文化の集合がこの酒樽なのです。

樽の製造も見せてもらいました。


このような部材から作っていきます。


木の赤い部分と白い部分のちょうど境目の部分を手作業で割っていきます。


そしてこのようなパーツを作り、後は組んでいきます。


実はパーツの規格はあるのですが、大きさは全てが統一されておらず、
バラバラのもので丸く作るそうです。


完成品

また吉野の木材産業の特徴としては、非常に細かい専門性と
事業範囲の会社が多い所があげられます。

一本の木を創造してみてください。
木を倒すと丸太になりますが、基本的に20m以上の長さがあります。
そこから板などの材料を取るためと、運びやすくするために、カットをしていくのですが
その作業を玉切りと言います。例えば20mを「4m、4m、3m、残り・・・」などのようにカットをして
加工をしたい材料により、変えていきます。そしてその伐られた丸太は下のものから
「一番玉、二番玉、三番玉・・・」という風に呼ばれますが、普通はどの製材工場でも
一番〜三番玉までの材料を加工しています。

しかし吉野では、一番玉専用加工工場、二番玉専用加工工場などのように、
一つの木から分業をして加工業ができているのです。

これは非常に珍しいことであり、歴史が育んだ木材産業であると言えます。
このことにより、一つ一つの製品レベルが極めて高いのです。
また材料も密食により、素晴らしいものがあり、歴史、技術、品質によりが土台であると言えます。


吉野の丸太


これは北村林業の丸太ですが、年輪が非常に細かいことがわかります。
一般的に木であれば、どんなものも同じと思われがちですが、これだけ目が
細かいと強度も高く、また木目も綺麗になります。芯がしっかりしているという日本語
がぴったり当てはまりますね。


このような木からはとてもきれいな板や家の構造の材料が取れます。
これは先程のような一つの丸太から取れた1枚の板。

昔の方は山をしっかりと知っていたので、この板がどれぐらい貴重なのかを知り、
そしてそのことに敬ったと思います。

今は良い木、悪い木という評価が非常に見えにくいのですが、節がなく、綺麗な木目
は日本人の美的感覚の一つであると言えます。またそれは歴史の中で尊い木を
使わしてもらうというご先祖さまと繋がるきっかけなのかもしれません。


天然乾燥の構造材

木は伐ってすぐに使えるものではなく、中に入っている水分を飛ばさないといけません。
魚から水分をなくして、干物にすると、形が変わり、ある一定で形が固定されます。

実は木材も同じで、水分をなくして、ある一定の形まで持っていかないと、木が変形を
してしまい、使うことができないのです。
上の写真は木材を外で3年ほど乾燥させている風景です。
要は洗濯物と同じで、太陽の熱と風により、乾燥させているのです。

吉野では自然エネルギーの力を使う天然乾燥を多くの加工会社が実施しています。

またこのような構造用の材料を加工した後に、端の材料が余ってしまいます。
その材料を有効に活用するために、生まれたのが、高級割り箸なのです。

これが割り箸の材料です。


板に加工した後に、ラインに流していきます。




非常に年輪の込みあった良い割り箸です。年輪が混んでいなければ
ふにゃふにゃで使いにくいものになってしまいます。
一本の木を分業性で使う吉野林業が垣間見えます。

また木造建築の普及にも力を入れている会社が沢山あります。




上の写真はモデルハウスなのですが、工務店が建てたものではなく、
製材所が運営をしているものです。


木のことを伝えるために、材料ではなく、空間で勝負をしているようです。

「素材PRから最終商品PR」「業者からエンドユーザーへ」これは特にBtoBが中心で行われてきた産業にとっては重要なことだと思います。



吉野全景

今回の講演会及び視察により、本当に多くのことを学ぶことができました。
林業の持つ歴史と魅力、またその経済的な側面。

これからやはり大事なこととして「守るべきもの、変えるべきもの、新しく作るべきもの」の
3つを見通して、林業・木材産業に関わっていきたいと思います。

最後になりましたが、2日間案内をしていただきました中神木材の中井社長
本当にありがとうございました。

この吉野で学んだことを心に刻み、そして私のできることを少しずつやっていきたいと思います。


| 井上 将太 | 林業、建築 | 21:36 | comments(1) | trackbacks(223) | pookmark |
高野山と高野霊木
先週は2泊3日にて、高野山に行ってきました。

現在、高野山と言えば弘法大師の地であり、真言宗総本山があります。
そして真言宗総本山は、山林部という山林管理の部門があり、
1500haもの山林を持ち、管理をしているようです。

その取り組みはブランド化の方向に行っており、真言宗総本山の山林部と
螢肇咼爛靴中心となり、高野山にある木を高野霊木として販売しています。

今回はその関連で視察に行ってきました。



お出迎えは「こうやくん」人気マスコットキャラクターです。


高野山入口にある大門




そして奥の院。著名な武将のお墓があります。そしてあまりの木々は
400年生。この木々は全国から集められ、植林されたようです。


見事な人工林がそびえます。


木の祠にはお地蔵様がいました。弘法大師の言葉に「共利群生」という言葉が
あります。宇宙のすべてのものが、大日如来の「いのち」の顕れとして平等であり、
相互に助け合うことによって、その「いのち」を生かし、個々に与えられたすばらしい
個性を充分に発揮することが大切だという言葉のようです。



そして伐り株にも近づいてみました。


寒い地域である高野山は木の成長が遅く、非常に緻密な年輪を形成しています。
とても良い材料で、歴史を感じます。


大河ドラマでもおなじみのお江のお墓。高野山で一番高い墓のようです。


こちらは豊臣家。高野山は豊臣家とも深い関係があります。


こんな面白いお墓も。建築関係者は思わず手を合わせるでしょう。


金剛峯寺


宿坊。
高野山には様々な宿坊があり、朝はお経を唱えます。
圧倒された時間でした。


食事も美味しかった。


夜はナイトツアーにも行きました。夜の高野山も素晴らしい。







そして2日目は高野霊木の家に。


しっかりとした梁と柱。日本建築の真髄ですね。


高野霊木の仏壇。とても崇拝な仏壇です。


現在、螢肇咼爛靴任蝋睫醂醋擇涼譴覆匹糧稜笋鬚靴討い泙后
高野霊木には焼き印がしっかりとついています。

http://www.koya-reiboku.jp/


貯金箱


杖立て


またこのような総本山からの証明書も発行されます。
まさにトレーサビリティーです。


帰りは高野霊木をおもち帰り。

四国は弘法大師の修行の地。その地で高野霊木を活用することができないかを
現在検討しています。どのようになるかわかりませんが、頑張ります。

| 井上 将太 | 林業、建築 | 22:12 | comments(0) | trackbacks(1) | pookmark |
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